2016年9月18日日曜日

心を変える難しさ

・心変わる → 行い変わる → 習慣変わる → 人格変わる → 運命変わる
何度も、何度も道場で言ったから、子供達も皆覚えた。 だが、心が本当に変わり、行いが変わって、習慣まで変わることは、余程のことが無い限り、通常人には難しい。


・どうして、人はこれほど変われないものであろうか・・・?  人は便利な方へ流れ、楽な方へ流れて行く。 自分のためになると思っていても、日々努力を必要とすることはなかなか出来ない。  どうしたら、心が変われるのであろうか・・・?


・お爺ちゃん、お婆ちゃん、お母さん、お父さん、先生、指導者 等に言われて、やる(やらされる)ことは、まず続かない。 強制力が無くなれば、やらされていることは自然消滅する。  やらされている事が、例え、その子の為になっていても、しなくなる。
要は、本人が自分の意思で心を変えない限り、行いは変わらないのである。 誰かにやらされている状態では、やらされている事に真心が無い。 真(まこと)の心の無い行いは、必ず消滅する運命にあるのである。


・では、どうしたら心が変わるのであろうか?
あることを想う→この想いは、神様に知られても恥ずかしくない想いであろうか?
あることを決断する→この決断は、自分の為だけでなく、人の為になることであろうか?
あることを行う→喜びや希望を渡せた(与えた)であろうか?
この様に何時も何時も、自分自身を省みて、神様の想いに届かない自分を恥じ、至らない自分を悔い、なかなか成長しない自分を懼れ、そして新たな努力をして少しでも神様の想いに近づこうとする。 この繰り返しが人の成長に欠かせないことを悟る。


・幼年期、壮年期、老年期 どんな時点でも、省みる、恥じる、悔いる、懼る、悟る を事ある毎に行えば、人は真人になる為の成長をするのである。


・月曜日の武器技自主稽古に参加している小中学生に、
『毎日、家で箸か定規を使って、剣の素振りを5分、杖の素振りを5分する』
事を求めた。
これによって何が得られる(変わる)かと言うと
  ①軸がぶれなくなる
  ②運足が正しくなる
  ③脇が締まり、膝に余裕が出来る様になる
  ④体重移動がスムーズになり剣や杖に自分の重さを乗せられる様になる
  ⑤呼吸力、イメージ力がつく
  ⑥剣や杖の素振りが正確になる
等が変わる。
だが、もっともっと大事なことが身につく。
  ①時間の大切さがわかる。
  ②継続力がつき、習慣が変わり、人格が変わることを実感できる。
  ③目に見えない深さの大事さ(大切さ)を感じ取ることが出来る。
  ④誰も見ていない、誰も褒めない処での努力の大切さ、真の喜びを感じられる様になる。
  ⑤心身共に強く、大きく育ち、おおらかで人に優しく、自分に厳しくなれる様になる。

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